拝啓
その後御変りありませんか。僕もお陰で至って元気ですから御安心下さい。戦友達も皆元気旺盛日夜軍務に服しております。
幸夫にも手紙を出したいのですが、住所を御知らせ下さい。
敵襲の心配は決して無いのではありませんから、緊張して立たないととんだ事になります。歩哨の責任は重大なものです。明るい月夜等は工合がよいのですが、雨の降る鼻をつままれてもわからない様な真の闇の時等はチョット気味悪く思える事さえあります。下は雪のためにグッチャングッチャンで、かべ土をこねまわす様です。ざわざわと流れる水の音、そこかしこの部落で突然犬が吠えだしたり、遠くで女子供の悲鳴や泣声、ジャーンと鐘がなったり、ドーンと鉄砲がなったり、闇の中に妖しげな灯が明滅し、あるいは空の一方がボーッと明くなってすぐもとの暗黒に戻るかと思うと、ピチャピチャと足音みたいなものが聞えたりして、気楽なもんではないです。銃剣だけが闇の中にほの白くボーッと浮んで微動だにしません。といった緊張のひととき、七時すぎて八時近くになるとようやく夜のとばりがあがっていって薄明るくなってくると、真から皆ホッとします。古参兵でもこの気持だけは変りない様です。
明るくなって気がついてみると、あたりは一面に真っ白な霜です。肩先からゾクゾク寒かったのは無理も無いです。そのうちに頭がクラクラーッとするほど暑くなる事でしょう。クリークの水も未だ氷の様に冷いですが、そうでなくてさえ濁っているのに、連日の雨で赤茶色になっていますが、ほかに良い水も無いので仕方ありません。お茶色の湯を飲んでいます。先日班長殿が五里ばかりはなれた酒保へ行って羊かんを買って来ましたが、甘いものに不足の兵隊ですから一度に二本も三本も食べて、そのあげく飯も食べないでねてしまうなんてのもあります。僕も一本食べたが、いやはやへそまで甘くなってしまいました。珍しくも今日蓮根が手に入って戦友と共に煮ましたが、なかなか旨かったです。支那のれんこんはちょっとでも煮過ぎるとコリコリしなくなって、じゃがいもみたいになってしまい、ざらざらします。卵もたまにはたべられますが、内地のものの様に濃厚な味がなくて物足りない感じです。赤いさやいんげんをひやかして、今日戦友の一人が煮てくれましたが、塩を早く入れたのでしわだらけになり、すごく甘いばかりでとてもかたく、さめたらなおさらかたくなってしまいました。
今午後八時二十三分です。内地では九時半頃でしょう。机上にはランプが一箇明く光を投げています。砲弾のからで作った煙草の灰おとしが一つ、カンズメの空カンの箸立て、それにお母さんからもらったあのズノウ。戦友の二人はやっぱりセッセと、くにへ便りを書いてます。隣の戦友は竹で作ったパイプでプカプカタバコをふかしています。向うの寝台ではもうグウグウいびきをかいてるのもあります。
では皆様によろしく。御身体を大切に。典夫より
母上様 昭和十四年二月二十二日
小包は丈夫な木箱に入れてお願いします。ブリキやその他のものではペチャンコになりがちです。ハモニカ早クコナイカナー